とりあえず読んだものを書いてみる。

オタクはすでに死んでいる
(岡田斗司夫 著/新潮社)
オタクに関しての著書を出すなどで知られる岡田斗司夫氏だが、一度、そのオタク論の本を読んでみたいと思っていたら、ちょうどこの本が出たばかりだったので購入。
ここに書かれているのは、岡田氏が最近の、いわゆる「萌え」ブーム時代のオタクと接して感じていた違和感から始まって、タイトル通り「オタク」というものは死んでしまった、ということを語った本。
ここで言う「死んだ」というのは、オタクの概念や文化が無くなってしまったということだろうか。一冊の本で延々と語っているだけに、そのニュアンスを一言で伝えにくいのだが。
本書の中で、オタクとは何かという、定義付けが難しいものについて解説したり、いわゆる「オタク文化」の変化を、日本の時代の移り変わりと共に語り、そして今オタクは死んだ、それはオタクだけでなく、日本人の生き方の移り変わりにもつながる、と語っている。
それを読んだ感想としては、私はここに書かれているような今のオタクと接したことがないため、どこまで正しいかまでは言えない。
でも、ああ確かに、と思えるところや納得できるところは多かったし、最後に語っている日本人の生き方については、いろいろ考えさせられるものがあったが、岡田氏のオタク論というものを楽しませてもらった。
これを正しいか正しくないか、受け入れるか受け入れられないか、人によって違ってくるだろうが、死んだということの問題視だけでなく、オタクとは何か(何だったか)を知ることができる本だと思う。



最も重要なポイントは仲間の名前を覚える必要がないので相手を「おたく」と呼ぶこと・・・ですよね。
実は心当たりあるんですよ。もう何年も前から顔見知りの人の名前をついこの間聞いて、別の知り合いの兄弟だったと知ってもっくり!
自称おたくの素質有、いや、そのもののdencaでございました。(笑)
私も語源は知らなかったのですが、今Wikipediaで調べたら、
いわゆる「M事件」は、オタクという言葉を(最悪な形で)広めたきっかけで、
語源はもっと違うようです。
M事件については、やはり大きなことなので、本書でも触れられています。
相手をオタクと呼ぶところも、言われていることの一つですね。
私もお会いしたことはあるけど、ハンドル名でしか知らない方って結構いたり。
ただ、知らないのは、知る必要がないというか、
知らなくても付き合いは変わらない方も多かったからという気もします。