2018年08月14日

『Dead Cells』ローグライクに見える、懐かしい感覚

先日からやり込んでいるゲームについて。

Dead Cells
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マップの中をさまよいながら敵を倒していくアクションゲーム。
プレイする度に、ステージのマップや出現する敵、アイテムやトラップの場所などが変化する、いわゆる「ローグライク」と呼ばれる要素と、敵を倒しながらマップの行動範囲を広げていく「メトロイドヴァニア」と呼ばれる要素が盛り込まれている。

敵を倒していくと、プレイヤーの能力や取得できる武器の種類など増えていくが、途中で死ぬと所持品は全てクリアされ、ステージの最初に戻されてやり直し。何度も死んで能力を強化しながら、少しずつ奥深くのステージを目指していく。

このゲームは、2017年からSteamでのテスト配信期間を経て、先日ようやく正式リリースとなった。私もテスト期間中に購入してからプレイを続けているが、現時点でプレイ時間12時間ほど、最初のボスは何とか倒せるようにはなった。
私がこのゲームで好きなところは、美しい映像と音楽などの演出、次々と敵が迫り来るスリルやスピーディーな攻撃などアクションとしての部分、そして、ローグライクの要素に対して独自の見せ方があることだ。

ローグライクで得る感覚
ローグライクのゲームでは、欲しいアイテムが出てこず戦力が低いまま、突然思いがけない場所に敵が出てきて死ぬ、そして死んだらスタート地点に戻されるなど、運に左右される「理不尽さ」を感じることがある。『Dead Cells』も同様に、ランダム要素と死んだらやり直しというシステムだが、意外と理不尽なものが感じられなかった。
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例えば突然敵が出現した場合「敵に挟まれた時はトラップを使う、持っていなければジャンプして上の段に登るか下に降りて逃げるか、もしくは横に逃げて間合いを取る」など、敵の出現場所やタイミング、アイテムやトラップなど、ほぼ全てのものに対して対処方法が常に存在するから。
だから、死ぬ原因のほとんどは「プレイヤー自身の操作ミス・判断ミス」で、また敵は攻撃のスピードが速く、それがミスに繋がることが多いので「次こそはスピードについて行けるようにする、ミスしないようにする」と、次の目標が見える、だからまた挑戦してしまう。

そんな、プレイする度に次を目指したくなる感覚は、私が80〜90年代に味わったアーケードゲーム、1コインでどこまで行けるか挑戦する時の思いに似ている気もする。私が『Dead Cells』にハマるのは、そんな「アーケードらしさ」にあるのかも知れない。

武器を使った戦略
このゲームでプレイヤーは、剣や盾などの武器を2種類と、爆弾やなどトラップを2種類を所持できるようになっている。しかも盾と剣だけでなく、剣を2種類、剣と弓など、武器の種類は自由に所持できる、これが独自の「戦略」を生んでいると思う。
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例えば、攻撃は剣・防御は盾という組み合わせ、遠方に攻撃ができるムチとナイフを組み合わせて確実にダメージを与えながら慎重に進める戦法、火を起こして敵を炎上させる爆弾と、炎上の敵に高ダメージを与える剣の2つを組み合わせれば絶大な攻撃力となるなど、2種類を組み合わせで様々な戦略が可能になる。

どの場面でどの種類の武器を入手できるかは全てランダム。それを使いこなすためには、どの組み合わせがいいか、自分の得意な武器はどれかなどの見極めが必要で、それは繰り返しのプレイで覚えるしかない。
つまり、プレイを続ればアクションの腕と共に、武器に対する知識や感覚を掴んで、独自の攻略で進めるようになる、そんな、自分自身の成長も感じられるところが楽しい。

ローグライクに「アクション」と「戦略」を盛り込むことで、何度もプレイしたいという要求と、続けることによる成長を実感できる。それは、過去に味わったアーケードゲームの感覚も含んでいる。
これが私の感じたことであり、このゲームの魅力だと思う。




posted by 司隆 at 09:06 | Comment(0) | Game
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