2016年08月07日

ポケモンGOに見る「融合された中の境界線」

先月からTVなどで話題を賑わせているゲーム、『ポケモンGO』

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『Pokémon GO』公式サイト

長年にわたって任天堂を代表するゲームシリーズとなっている『ポケットモンスター』にスマートフォンの機能を合わせた新作ゲーム。7月にアメリカで、後に日本で配信されてから爆発的な人気を呼んでいる。

スマートフォンのGPSや地図を利用した『Ingress』との連係や、カメラ映像の中にCGを融合させるAR技術など、今まで他のサービスなどで培われてきた技術やデータがゲームシステムに活かされている。
その中でポケモンの「モンスターを集めて戦っていく」というゲームの世界と、地図やカメラ映像などを使った現実の世界、言わば「ゲームと現実の融合」が、ゲームとしての大きな魅力だ。

といっても、今回は別にレビュー記事ではないので、システムなど説明は割愛。

このゲーム、配信前からあまりに話題になっていたこともあるため、私もダウンロードして遊んでみたが、実際に触れて感じたこと、様々な形であまりに話題になっていることについて、自分なりに思うことがあるので書いていきたい。

ポケモンGOに触れて

まずは私の体験談。
このゲームを始めてから、ちょうど京都の観光地や大阪市内に出かける機会があったので試してみた。

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左が京都駅前、右が大阪駅前ヨドバシカメラ。
周辺にはモジュール発動のポケストップやジムが建ち並ぶ。
色々と試してみると、歩く以外でも、バスの中では移動と共に時折停車してくれるのでモンスターを捕まえやすいとか、観光地など人の集まる場所ではポケストップが立ち並ぶなど、その場所に行くことがゲームを楽しみ方を広げてくれる。
またマップで各所のポケストップを見ているだけでも、知っている場所なのに意外なオブジェがあることをここで知ることもある。

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近所にこんな神社もあるのかと、見落としているスポットに気付くのも楽しみの一つ。
観光地に行くと、このゲームやっていると思われる方達、ちらっと見えたスマホ画面がポケモンGOだったとか、海外の方達の会話で明らかに「Pokemon(発音は『ポ↑ケ↓モン』)」と言ってるのが聞こえるなど、廻っているだけでその人気ぶりをうかがえた。

そんな感じで、数日ほどゲームの世界を楽しんで感じたこと。

外に出ることがゲームの楽しみを広げる、逆にゲームのおかげで外にある意外なものを見つけることができる。ゲームと現実の両方を双方に楽しめるというのは実に面白い。
でもその反面、外出中は歩きながらつい立ち止まりたくなるなど、このゲームを意識して感覚の大半をゲームに奪われているなというのも実感している。

ポケモンGOの影響で思うこと

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大阪梅田ヨドバシカメラに、このようなコーナーが設けられ、ケーブルや大容量バッテリーなどが置かれていた。
1階入り口付近に設置されているためか、コーナーには人が集まっていた。
ここ最近のニュースやSNSでは連日のようにポケモンGOが話題になり、ゲーマー意外にもどれほど反響を呼んでいるかがうかがえる。
ざっと挙げただけでも、
など、記事はいくらでも出てくるが、ゲームやプレイヤーに対する批判や規制の話題も多い。

それに対しても、プレイヤーから「ゲームが分かってねえ」などの批判や揶揄も多く、私もこれらの話に、ゲーマーとしての楽しみ方や考え方と違うなと感じているが、「分かっていない」の意味では、プレイヤーもみんな同じだと思う。

だいたい、ゲームと現実を融合して日本どころか世界中に一気に広まってどこでも話題にされるって、ゲーマーにとってもほとんど経験したことのないもので、ゲームに夢中になって事故やトラブルが多発している現状を見ても、プレイヤー側もそれに対応しきれないことを物語っている。
それに、ゲームなんて最初から誰にも何の問題も無いものなんてできるわけないので、必ず不満・要望・改善案は出るもの。

ただポケモンGOは、プレイヤーではない人にまで情報や影響が一度に広まったものだから、このような要望も一度に出てきた、言わば必然のようにも思う。

影響はどこまであるのか
だがその影響の中で、話を聞いて驚かされたこともある。
店舗の経営に関わる人のブログで、ゲームによって人を呼び込む効果がある反面、業種によっては破綻に追い込まれる可能性も持っているという話。

正直、ただ1本のゲームが配信されたというだけで社会がこうも動いたり、多くの人が声を上げたり、考えることになる。私が知っている「ゲーム」とは完全に違う世界に入っているなと実感する。
確か、ゲームはプレイヤーにとって、色々な事を忘れて「楽しむ」だけの世界に入れるものだったはずなのだが、ここまでの変化に戸惑いも大きい。

結局私はゲーマー

そんな感じで、実際に触れたり情報を見た上で、私がポケモンGOについて思ったこと。

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結局、見るべきものは「ゲーム」と「ゲーム以外」。
ゲームのみの観点では、モンスターを探すこと、集めること、戦わせること、何度も繰り返してレアなモンスターを手に入れる「くじ引き」のような要素など、楽しませる・続けさせるものを盛り込んでいるが、その操作はコントローラーではなく「行動」で実現できる、私が今まで味わった「ゲーム」とは明らかに違ったもので、その楽しみ方も新しく感じる。

だがそれが100%いい影響でもなく、トラブルも多発する。
よくゲームの批判で「ゲームをやっていると現実との区別がつかない人になる」という話を聞くが、普段ゲームをやらない人が、このゲームで現実との境界線が見えないという事例が続出しているように。
この辺は、プレイヤーが持つ意識の問題ともいえる。

このゲームや様々なことについて、私はこれが正しい悪い、こうであるべきなんて考えは全く持っていない、そもそもゲームなんて人に迷惑かけない程度に自由にやるもんだろという考えなので、あくまで自分なりの楽しみ方を書いてみると、

ゲームのおかげで外を歩くのが楽しむきっかけができる、でも出先で一度ゲームを止めて場所を味わうのも、それを楽しむきっかけになる。境界線を認識して使い分けをすれば両方を味わうことができる、そんな楽しみ方もまた面白い。
結局「そこにあるものをいかに工夫して楽しむか」というのが、ゲーマー的な考え方だから。

タグ:ポケモンgo

posted by 司隆 at 16:04 | Comment(0) | Game
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