2014年11月09日

インディーズゲーム紹介 3・特殊な、ゲーム?

この記事も含め、まとめはこちらLink


 様々なインディーズゲームに触れていると、印象深いものがある。描き方が特殊というか、むしろゲームかこれ?というもの。まあ、今まで触れた中には、本当にゲームじゃないものもあったけど。
 そんな、ゲームで味わったものとは違うような特殊な感覚で、かつハマって深く印象に残るもの、それを3本挙げてみた。

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The Stanley Parable

 直訳すれば「スタンリーの寓話(【ぐうわ】教訓や風刺を織りこんだ物語)」。スタンリーという人物が出会った不可解な出来事を描く。
 日本語はサポートされていないが、有志による日本語字幕ファイルが配布されている。言葉が重要なので、是非とも日本語でのプレイをお勧め。

The Stanley Parable 日本語wiki

 また、Steam販売ページで無料のデモ版をダウンロードできるが、本編と全く違うシナリオで、これも独自に楽しむ事ができる。

 ゲームとしてプレイヤーがする事は、歩き回る、ボタンでドアを開けるなどの動作だけ。そこにナレーションで「スタンリーは2つある扉で、左を選びました」など、物語の展開が語られる。
 だがそこで、ナレーションの通りに進んでもいいし、完全に無視してもいい。無視すれば、
「・・・どうやら、スタンリーは疲れているようです」「いや、違うでしょ、そうじゃないでしょ」「台本が無茶苦茶じゃないか!」
などと、行動に応じてナレーションの反応が変わったり、あり得ない世界に入り込んだり、数多く用意されたエンディングに到達する。

 そんなナレーションとの無言の対話、言わば漫才みたいなものと、そこに描かれた異質の世界と思いがけない展開を味わい、探り、楽しむゲーム。
 その中にも、ゲームとプレイヤーの騙しあい、人間やゲームなど様々なものに対する皮肉、またこのゲーム自身も更に皮肉ったり、ここまで異質な描き方をして、ゲームとして成立している事に対する衝撃があった。

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Dear Esther

 リンク先は、日本語字幕対応のPlayism配信ページ。Steamでの販売もあるが、こちらは日本語サポートされていない。

 舞台となるのは、廃墟となってしまった無人島。プレイヤーである男はこの場所を、何かを求めるように歩いて行く。その途中で、自分が誰かに宛てた手紙を読んでいくが、一見分かりにくく、大筋の内容をぼんやり掴める程度の文章で書かれている。

 先に書いた「The Stanley Parable」のように、プレイヤー以外の人物やキャラクターもいない空間を、ただひたすら歩き回るゲームだが、こちらはイベントらしいものすら存在せず、歩く先には小屋、難破船、灯台など、常に目標や目的らしきものだけが見える。
 そんな、「何かあるかもしれないもの」に引き込まれるように歩いて行くが、行っても結局何も無いし、ゲームとしての要素は皆無。

 自分は、こんな歩いているだけのものに、無駄な時間を費やしているのだろうか。いや、そもそもゲームに無駄とか考えるものだろうか。などと哲学的なものまで考えながら、不思議と最後まで続けている。
 楽しいとか感動ではない、ゲームというには次元を超えた感覚というか、驚きがあった。

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Luxuria Superbia

 ゲームを始めると、チューブの中を通り抜けるような3D映像が流れ、ターゲットとなる「芽」をマウスクリックしていくと、道が色づいていく。
 音ゲーのようなもの?と思ってひたすら叩いていると、色が画面いっぱいに広がった所で、「Oops!」などと文字が出て即終了、失敗らしい。
 このゲームで私の初体験は、あっという間だった。

 ゲームのルールとして、各面に存在する複数のライン上に流れる芽を叩くと色づいていくが、早めに全ていっぱいにしてはいけない。叩きすぎず、でもラインを消さないように維持しながら、優しく少しずつ叩いていく。

 進行中、文字で「Touch my essence.」「Come into me.」などの文字が出たり、音楽は女性の吐息のようなものが混じって聞こえる。
 画面左上にゲージがあるが、それが溜まると第2段階、少しずつ盛り上がる。そして第3段階に入ったら一気に叩いて全て色づけ、最高潮の状態にして終了。画面には「Thank you. Kiss me.」などのメッセージが出てくる。

 実はこれ、性行為をゲーム化したものだった。

 ゲームで性を描くというのはいくらでもあるが、性的な映像を使わずに、行為そのものを抽象的に描くというこのゲームは、攻略するという感覚とはまた違うようなものがあった。
 それと共に、映像と音の世界に没頭していくようで、感覚のみで行為を味わうという、奇妙な世界をを体験できる。

何でもありの面白さ

 私がインディーズゲームを楽しむ理由の一つに、見た事がない世界が味わえるというか、ある意味「何でもあり」の面白さがある。
 その中でも、映像や音声、文字でもはっきり説明しない表現など感覚的なもので描いていて、そこに引かれたのが今回挙げたゲーム。

 また、インディーズゲームに対して個人的に思うのは、80年代のアーケードやパソコンなどで味わったゲームと似たような感覚がある事。
 当時はTVゲームが普及しだして間もない時期、当たり前だけど前例がないので、見るものがどれも新かった。それがインディーズと同じ「何でもあり」の面白さと似ている気がする。
 といっても当時のゲーム、特にパソコンゲームは少人数で製作された、今で言うインディーズが多かったので、同じなのは事実だが。



タグ:review Indies

posted by 司隆 at 14:57 | Comment(0) | Game
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