2011年04月17日

分岐点・世界線・たられば

 人生においての分岐点、ターニングポイントというものがある。あの時にこれをしていれば全く別の人生を進んでいたというもの。
 私らしくゲームに例えるなら、シュタインズゲートの世界線と言った所だろうか。何気ない行動を起こした事がきっかけで全く別の世界に移動していたという。


 私にとってこれが間違いなく分岐点とはっきり言える事がある。それは、高校受験。

 私は工業高校卒だが受験では電気科志望だった。でも受験の結果は成績の関係で機械科に回された。
 中学卒業の頃の私にとっては「入学できたら満足」って感じでそのまま機械の勉強をして工業関係の仕事に就き、現在もそれを続けられている。

 もしあの時、もっと勉強して電気科に入っていたら、私は当時からコンピューター関係に行きたかったのでたぶんそちらに進んで、今とまるっきり違う人生を進んでいた事は間違いない。
 でも技術屋以外に進む事は全く考えてなかったから、結局同じ苦労を味わってるかも知れないが。


 もう一つの分岐点と言える事は最近、今の仕事に就くきっかけ。

 今の仕事はハローワークから応募 → 履歴書等の書類送付 → 面接…、という感じで決まったが、最初の書類送付を出してから2週間くらい返事がなかった。
 また放っとかれたかと半ば諦めつつ(このケースが今まで多かったため)、次にハローワークに行った時に連絡してもらったら、「書類が届いてないのですが…、再度送付していただいてもかまいません」との返事。
 気が進まないけどしゃあないなあ…、と思いつつ再度送付したら面接、そして決まったという。

 不採用が続いていて気が滅入っていただけに、諦めてハローワークから再度連絡しなかったら、もうええわと応募を辞退していたら、今もまだ就職してなかったかも知れない。少なくとも、滋賀に住んでいないのは間違いない。
 そう思えば、ちょっとした行動だけで人生は大きく変わっていると思う。


「たられば」という言葉がある。あの時こうしていたら、こうだったらという仮定の話をする事で、後悔する時によく使う言葉だが、今書いた行動について後悔はしていない。
 でも、シュタインズゲートの世界線で考えれば、どこに進んでも何かは同じ結果になっているかも知れない。

 まあ、今の世界線が最終的にどう言う結果になるかは分からんのだし、どの世界線かを考えるより、その世界線をどう生き抜くかを考えるべきなのかも知れない。小難しい事を考えていてもしょうがない。




posted by 司隆 at 11:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others
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